大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決

原告 山本昭子

被告 山口県知事

主文

被告が別紙目録記載の各農地につき昭和三十年一月八日附山口大和第八十五号買収令書を以てなした買収処分は之を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告代理人は「被告県知事が別紙目録記載の各農地につき昭和三十年一月八日附山口大和第八十五号買収令書を以てなした買収処分は無効であることを確認する。若し右請求が理由ないときは、被告県知事が右各農地についてなした右買収処分はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として次のとおり述べた。

一、別紙目録記載の各農地(以下単に本件各農地と略称する)はもと原告の祖父に当る訴外山本松治郎の所有であつたが、昭和四年十二月二十六日贈与により原告の所有となつたものであるところ、訴外大和村農地委員会は昭和二十二年十月十一日附を以て本件各農地につき自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する)第三条第一項第三号に該当する小作地として、同法附則第二項の定めるところに従い昭和二十年十一月二十三日現在における事実に基き、原告の父である訴外山本二男の所有地と認定し右訴外人を被買収人として買収計画を樹立し(以下本件買収計画と称する)、これに基き被告県知事は昭和二十五年一月二十八日附を以て右訴外人宛買収令書の交付に代える公告(山口県告示第六百二十六号)を以て買収処分(以下便宜第一回買収処分と称する)をしたが、以上の買収手続(本件買収計画をも含めて)は昭和三十年一月十四日附農地第六十七号で被告県知事により職権を以て取り消された。然るに被告県知事は昭和三十年一月十四日頃本件各農地につき新たに何ら買収計画を樹立することなく、原告及び訴外山本キワに対し買収の時期を昭和二十二年十二月二日とする昭和三十年一月八日附山口大和第八十五号買収令書を交付して買収処分(以下本件買収処分と称する)を行つた。

二、然しながら被告県知事のなした本件買収処分には左の如き瑕疵がある。

(1)  本件買収処分は買収計画の樹立なくしてなされた違法がある。即ち本件買収計画は、前記の如く、被告県知事により取り消されて消滅するに至つたものであり、仮りに被告県知事の右取消の対象が第一回買収処分のみであつて本件買収計画までを含むものでないとしても、第一回買収処分の取消によつて先行処分たる本件買収計画も当然その効力を失つたものとみるべきであるから、結局本件各農地につき更に買収する場合には改めて買収計画の樹立からやり直し所定の手続を経なければならず、又仮りに第一回買収処分の取消が本件買収計画の効力に何らの影響を及ぼさず、従つて形式上本件買収処分が本件買収計画に基くものであるとしても、本件買収計画は本件各農地につき所有権を有しない二男を名宛人として樹立されたものであるから、結局本件各農地の真実の所有者であり且つ本件買収処分の名宛人である原告に対しては買収計画の樹立なきに拘らず買収処分をなしたこととなる。

(2)  本件買収令書の発行日は昭和三十年一月八日であるのに対し買収の時期をそれ以前の昭和二十二年十二月二日と遡及せしめ、而もこの間には七箇年余の長年月に亘る間隔があり、その間において経済状態の変動著しく、物価の騰貴は数百倍にも達し、買収価格についても重大な差異が認められる。かように事情変更の甚しきものが認められるにも拘らず、被告県知事は何らこれを考慮に入れず、時価を参酌することなく、昭和二十二年十二月二日当時の法定価格である金八千五百六十五円六十銭を買収対価として本件買収処分をしたのは公権力の濫用というべきである。

(3)  原告は本件各農地につき曽つて何人に対しても賃借権、使用貸借による権利、永小作権若しくは地上権その他の耕作権を設定したことがなく、従つて自創法第二条第二項にいう小作地に該当しないものである。即ち、遡及買収の基準日である昭和二十年十一月二十三日当時において、本件各農地のうち別紙目録記載の(イ)の土地は原告において訴外高木キクエを雇入れ同訴外人をして耕作に当らしめ、その余の各農地については原告自らが耕作していたものであるから、いずれも原告の自作地であり、仮りに本件買収が遡及買収でないとしても、本件買収計画を樹立した昭和二十二年十月十一日当時において別紙目録記載(イ)の土地については当時訴外西山厚がこれを耕作していたが、右は昭和二十二年五月頃より一時使用のため一時預かり耕作していたものであるに過ぎず、同(ロ)の土地は当時道路敷地として利用され、何人においてもこれを耕作の用に供していなかつたのであるから、寧ろ農地とみるべきでなく、同(ハ)(ニ)(ホ)の各土地は当時訴外末広虎彦においてこれを耕作していたが、右は同訴外人が昭和二十一年五月頃より原告の承諾を得ず不法に事実上耕作していたに過ぎないものであり、同(ヘ)(ト)(チ)(リ)の各土地は昭和二十一年以降本件買収計画の樹立直前まで訴外重田定吉が一時使用のためこれを耕作していたことがあるが、本件買収計画の樹立当時においては既に原告に返還済であり同(ヌ)の土地も亦小作地ではない。以上のとおり本件各農地はいずれも当時小作地でなく、然るにこれを小作地として樹立された本件買収計画は違法であり、従つて本件買収処分も違法である。

(4)  仮りに本件各農地が小作地であつたとしても、大和村における農地所有者の保有小作地は六反歩であるが、被告県知事は右保有制限内の原告所有の小作地を残さず、全部買収した違法がある。

三、以上の理由によつて本件買収処分は違法であり、而もその瑕疵は重大且つ明白であるから当然無効であるが、仮りに右瑕疵が本件買収処分を無効ならしめる程のものでないとしても、少なくとも本件買収処分を取り消すべき事由に相当する。よつて原告は被告県知事に対し、第一次的に本件買収処分が無効であることの確認を、予備的にこれが取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

立証として、原告代理人は、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三乃至第七号証、(同第八号証は欠号)、同第九号証、同第十号証の一乃至十、同第十一乃至二十二号証、同第二十三号証の一、二、及び同第二十四号証の一乃至三を提出し、証人西山厚、同橋本義雄、同西山ナツヨ、及び同山本二男の各証言並に原告本人尋問の結果を援用し、乙第一乃至第四号証の成立を認め、同第五号証は不知を以て答えた。

被告指定代理人等は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として次のとおり述べた。

一、原告の主張事実中、本件各農地がもと訴外山本松治郎の所有であつたこと、大和村農地委員会が本件各農地につき自創法第三条第一項第三号の規定に該当する小作地として訴外山本二男を被買収人として原告主張の日時、買収計画を樹立し、これに基き被告県知事が右訴外人宛に買収令書の交付に代える原告主張日附の山口県告示第六百二十六号による公告を以て買収処分をなしたこと、右の第一回買収処分は原告主張日附の農地第六十七号を以て被告県知事により職権を以て取り消されたこと、被告県知事が前記の本件買収計画とは別個の新たな買収計画の樹立なく、原告及び訴外山本キワを名宛人とし、本件各農地につき買収の時期を昭和二十二年十二月二日とする買収令書を原告主張の日附で発行し、その買収令書は原告主張の頃原告等に交付されたこと、並に本件各農地の買収対価が原告の主張するとおりの金額であること、はいずれもこれを認めるが、その余の原告主張事実は否認する。

本件買収計画は当時施行の自創法附則第二項を適用して樹立されたいわゆる遡及買収でなく、本件買収計画樹立の昭和二十二年十月十一日当時の事実関係に基く現実買収であり次に被告県知事の前記取消は第一回買収処分のみを対象とし、その先行処分たる本件買収計画までを含まない。

二、本件買収処分には原告主張の如き瑕疵は何ら存しない。

(1)  本件買収計画樹立当時において本件各農地の所有権は訴外山本二男に属していたものであり、従つて右訴外人を被買収人として樹立された本件買収計画には何らの瑕疵もなく、よつてこれに基き被告県知事は二男宛に第一回買収処分を行つた。然るに本件買収計画樹立後第一回買収処分以前において原告は訴外山本キワと共に昭和二十四年十月十一日二男に対し本件各農地につき土地所有権確認並に贈与による所有権移転登記手続請求の訴を提起したところ、(山口地方裁判所徳山支部昭和二十四年(ワ)第五十三号事件)、右訴訟は同年十一月二十九日二男の認諾により終結し、昭和二十五年一月二十六日山口地方法務局光出張所受附第二百六十九号を以て各所有権移転登記を経由した。然し右は当時農地調整法第四条の規定により農地の所有権移転には県知事の許可を要すべく定められていたのに拘らず、原告等(原告及び訴外山本キワ、以下同様)は馴合訴訟によつて本件各農地の所有権移転を実行したものであるが、これにより被告県知事は二男宛の第一回買収処分が非所有者に対するものとしてこれを取り消し、改めて原告等宛に買収令書を交付し直し、以て本件買収処分を行つたものである。以上の如く、本件の場合本件買収計画樹立当時の本件各農地の所有者は飽迄二男であり、原告等はその後においてこれを譲り受けたものであるから、自創法第十一条の規定により本件買収計画の効力は当然原告等にも及ぶこととなるのであり、従つて新たに買収計画を樹立することなく本件買収処分を行つても、買収計画の樹立なき買収処分を行つたということはできない。

仮りに本件買収計画樹立当時においても既に原告等が本件各農地の所有者であつたとしても、当時の登記簿上の所有名義人は二男となつており、而も原告は二男の子であり、キワは二男の母であつて、当時同居していたものであるから、本件買収計画はこれを無効ならしめる程の重大且つ明白な瑕疵を有しない。

(2)  次に原告は本件買収対価が不当に低廉であると主張するが、もともと本件各農地の買収対価は自創法第六条第三項の定めるところに従い決定されたものであつて、右規定に違反しないことは勿論、仮りに買収対価に違法があるならば、原告は自創法第十四条の規定する訴によつて国を被告として別途救済を図るべきであつて、本訴において主張し得ないところである。

(3)  次に原告は本件各農地が小作地に該当しないと主張するが、本件各農地のうち別紙目録記載(イ)の土地は訴外西山厚が昭和二十二年五月二日、同(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各土地は訴外末広成人が昭和二十年九月末日、同(ヘ)(ト)(チ)(リ)の各土地は訴外重田定吉が昭和二十一年五月、いずれも当時の所有者であつた二男から賃借し、爾来耕作してきたものであり、次に同(ヌ)の土地は訴外森重常義がその先代から数十年に亘り小作してきたものであつて、いずれも自創法第二条第三項にいう小作地に該当する。

(4)  更に原告は小作地保有面積を侵害した違法があると主張するが、本件買収計画樹立の昭和二十二年十月十一日当時二男は自作地として二町一反三畝十二歩を所有し、小作地として本件各農地を所有していたが、自創法第三条第一項第三号の面積は大和村にあつて二町歩であり、従つて本件各農地は悉く右規定に該当する小作地であつたのであり、仮りに当時における本件各農地の真実の所有者が原告であつたと仮定しても、前掲(1)のとおり、原告と二男とは自創法第四条第一項の規定にいう同居の親族に該当し、結局本件各農地は買収を免れ得ない土地であつた。

(立証省略)

理由

一、大和村農地委員会が昭和二十二年十月十一日本件各農地につき自創法第三条第一項第三号に該当する小作地として訴外山本二男を被買収人として買収計画を樹立し、これに基き被告県知事が昭和二十五年一月二十八日附を以て右訴外人宛に買収令書の交付に代える公告(山口県告示第六百二十六号)により買収処分をなしたこと、右の第一回買収処分は被告県知事の職権により昭和三十年一月十四日附農地第六十七号を以て取り消されたこと、然るに被告県知事が前記の本件買収計画とは別個の新たな買収計画の樹立なく、本件各農地につき原告及び訴外山本キワ宛に昭和三十年一月十四日頃買収の時期を昭和二十二年十二月二日とする昭和三十年一月八日附山口大和第八十五号買収令書を交付して本件買収処分を行つたことはいずれも当事者間に争がない。

而して原告は前記の本件買収計画は当時施行せられていた自創法附則第二項の規定に従い昭和二十年十一月二十三日現在における事実関係に基き樹立されたいわゆる遡及買収であると主張するが、成立に争のない甲第十七号証、乙第十三号証並に証人森安恒一の証言によれば、本件買収計画はこれが樹立せられた昭和二十二年十月十一日当時の事実関係に基き定められたものであつて、いわゆる遡及買収でないことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

二、よつて以下順次被告県知事のなした本件買収処分に原告主張の違法無効原因があるかどうかについて判断する。

(一)  原告主張の無効原因(1)について。

先ず原告は本件買収計画も昭和三十年一月十四日附農地第六十七号を以て被告県知事により取り消され、消滅に帰した旨主張するのであるが、成立に争のない甲第一号証によれば、同号証は山口県知事作成の山本二男宛昭和三十年一月十四日附農地第六十七号「山口県報公告による買収処分の取消について」と題する書面であつて、右書面には「昭和二十五年一月二十八日山口県号外山口県告示第六百二十六号をもつてなした左記自作農創設特別措置法第三条の規定による買収処分は之を取り消す。」旨記載せられていて、これによれば右取消の対象は被告県知事のなした第一回買収処分のみであつて、その先行処分である本件買収計画までをも含む趣旨でないことが明らかである。そこで右の第一回買収処分の取消によつてその先行処分である本件買収計画も法律上当然失効消滅するかどうかにつき按ずるのに、買収計画に始まり買収令書の交付(又はそれに代わる公告)を以て完結する一連の買収手続にあつては、これを実質的法的効果の面からみれば、買収計画の樹立といえ買収令書の交付といえ、それぞれ独立した別個の法律効果の発生を目的とするものではなく、両者相結合して単一の法律効果(所有権移転)を発生させるものであり、而も買収計画はそれ自体によつては直接法律上の効果としての権利義務に変動を生じさせるものでなく、あくまで右法的効果の発生を確定的にならしめる買収処分の前提としての内部的意思決定に過ぎないものともみられるのであり、従つてこの観点からすれば買収計画は買収処分と運命を共にすべきものをも含んでいるということができるのであるが、然し他方形式面において、買収計画が買収手続の中核をなしていることに鑑み、自創法は買収計画を公告及び縦覧に供させ、且つ買収計画に対し異議、訴願の手続を定めてこれを争訟の対象として認め、この限りにおいて買収計画も形式上買収処分から独立した行政処分類似の性格が与えられており、又自創法による買収計画は市町村農地委員会が法律上固有の権限に基き定めるところであり、買収処分は都道府県知事の権限に属するところであつて、両者はその処分機関を異にし、而して市町村農地委員会の定めた買収計画を都道府県知事自らが直接これを取り消す権限を認めた法律上の根拠がないのであるから、後行処分たる買収処分が知事により取り消されたからといつて、直ちにその先行処分である買収計画が法律上当然失効消滅するに帰するものと解し難く、従つて、第一回買収処分が前記の如く被告県知事により取り消されたからといつて、本件買収計画までも法律上当然に失効消滅に帰したものとは言い難い。

而して被告県知事のなした本件買収処分が形式上本件買収計画によるものであることは弁論の全趣旨に徴し明白である。

そこで次に本件買収計画が本件各農地につき所有権を有しない二男を所有権者と誤認して二男宛に樹立された違法があり、従つて本件各農地の真実の所有者であり本件買収処分の名宛人である原告にとつては買収計画の樹立なきに拘らず買収処分がなされたこととなり当然無効であるとの原告主張の当否について審按するのに、先ず本件各農地の所有権の帰属如何につき、本件各農地がもと訴外山本松治郎の所有であつたことは当事者間に争がないところ、原告は本件各農地を昭和四年十二月二十六日右松治郎より贈与された旨主張し、成立に争のない甲第二十四号証の二、三、並に証人山本二男の証言によればその頃原告に本件各農地を贈与しようとの話がもちあがつていたことは窺われるけれども、後記各証拠に徴しその際原告に所有権移転の効力が生じたものと認めるに未だ十分でなく、却つて成立に争のない甲第十号証の一乃至十、同第十二号証並に弁論の全趣旨に徴すれば、本件各農地は昭和十九年八月十日松治郎の死亡により、その子である二男が相続し、その所有権を取得したことを認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。然し成立に争のない甲第十号証の一乃至十、同第十二、十三号証、同第二十三号証の二、同第二十四号証の二、三、証人山本二男の証言により真正に成立したことが認められる甲第十一号証、証人山本二男の証言並に原告本人の供述を綜合すると、原告は二男とその先妻フミヨとの間に生まれた子であるが、予ねてより二男はその所有の財産の一部を原告に贈与して分家さす手筈にしていたところ、昭和十九年九月二十八日松治郎の法事に際し、親族一同とも協議のうえ承認を得て、本件各農地(外に田畑山林若干)を原告に贈与し、その際本件財産贈与書(甲第十一号証)を作成するとともに、且つ当時原告が未だ十五才の児童であつたのでその養育を祖母キワに委ねるため、キワを原告と共に分家させることに決め、よつてその頃原告はキワと共に二男から別れて同一屋敷内の別棟に移住し、分家の手続は昭和二十二年四月三十日了したこと、並に、前記贈与による所有権移転の登記手続は当時農地の所有権移転については県知事の許可を必要とされていたのであるが、その後において昭和二十四年十月十一日原告はキワと共に二男を相手に土地所有権確認並に贈与による所有権移転登記手続請求の訴を提起し、(山口地方裁判所徳山支部昭和二十四年(ワ)第五十三号事件)、同年十一月二十九日二男の認諾をまち、昭和二十五年一月二十六日山口地方法務局光出張所受附第二百六十九号を以て原告及びキワ名義の各所有権移転登記を経由したこと、以上の各事実を認めることができ他に右認定を覆えすに足る証拠はない。以上認定の事実によれば、本件各農地は原告が昭和十九年九月二十八日二男から贈与をうけ、これにより原告の所有に帰したものであり、(尚当時施行の臨時農地等管理令第七条の二により農地の所有権譲渡契約を締結するについては地方長官の許可を受くべき旨定められていたが、右は効力規定でなく、唯取締の目的を以て設けられた規定に過ぎないと解されるから、右許可の有無は契約に基く所有権移転の効力に影響を及ぼさない。)、従つて本件各農地が二男の所有であることを前提として樹立された本件買収計画は真実の所有者を無視した違法な買収計画であるといわなければならない。ところで本件買収処分が形式上本件買収計画に基くものであり、而して被告県知事のなした本件買収処分は原告宛になされていることは前記のとおりであり、従つて本件買収処分のみをみればそこには何ら所有者名義を誤つた瑕疵はないということができるが、凡そ先行行為たる買収計画に前記の如く所有者誤認の瑕疵が存する以上、仮令その後における知事の買収処分手続の段階に至つて真実の所有者に変えて買収処分のみをやり直したとしても、自創法が買収処分の前提として買収計画を樹立すべきものとし、而も買収計画において定められた内容は即ち買収処分の内容として完結すべきことを要請し(自創法第六条、第九条)、且つ買収計画に対しても異議、訴願、行政訴訟等の行政上乃至司法上の救済方法を認め、従つて就中後行の買収処分に承継され得ない買収計画に特有の瑕疵を右によつてのみ是正さるべきことを予想している自創法の態度乃至趣旨に鑑みても、買収計画における前記の如き所有者名義を誤つた瑕疵は補正せられることなく、かかる買収計画に基く買収処分をも違法ならしめるものと解するを相当とする。而してこの理は次に説示のとおりの事情が認められる場合においても同様であり、又、かかる事情が認められるが故に前記買収計画における所有者誤認の瑕疵が単に取消原因に相当するに過ぎないとされる場合において当事者が買収計画に対し認められた救済手段を講ぜずに出訴期間を徒過したがため買収計画に対する異議申立権を喪失するに至つた場合においても、これにより買収計画に内在する前記の如き瑕疵は治癒せられるものでないから、これを以てかかる買収計画に基く買収処分の違法なることを攻撃できないと解する謂れがない。この点に関し被告は自創法第十一条の規定の適用を主張するが、右規定は飽迄買収計画の適法なることを前提とするものであるから、右主張は理由がない。

よつて次に前記違法は本件買収処分を無効ならしめるかどうかについて考察するのに原告が二男の子であり、キワが二男の母であることは当事者間に争がなく、次に成立に争のない甲第十二、十三号証、同第二十四号証の二、三、証人山本二男の証言並に原告本人の供述に弁論の全趣旨を綜合すると、本件買収計画樹立当時において原告は年令十八年の未成年であり、キワ、二男等と共に昭和十九年九月頃までは二男を世帯主として同一家屋に居住し、諸物質の購入、食事、起居を共にして、全く同一の生活を営んでいたところ、その後において原告はキワに連れられて二男から別れ、同一屋敷内の別棟に移住し、食事、起居を二男と別にするようになり、而も昭和二十二年四月三十日分家の手続を了したが、本来生計上依存関係の強い親子の間柄として、尚原告はその生計を二男に依存する関係から脱却せず、而してこのような状態は尚本件買収計画樹立当時においても継続していたこと、更に成立に争がない甲第十号証の一乃至十、証人西山厚、同末広成人同森重常蔵、及び同山本二男の各証言を綜合すると、本件買収計画樹立当時における本件各農地の登記簿上の所有名義人は二男であり、而も二男の先代松治郎が昭和十九年八月十日に死亡する以前から爾来二男が本件各農地の管理を継続してきており、賃貸借の設定、賃料の受領も二男においてこれをしてきたこと、以上の各事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。以上認定の事実、就中本件各農地買収計画の相手方である二男と真実の所有者である原告とが親子の関係にあり、而も原告は当時未成年であつて、二男とは住居を別にするも然し同一屋敷内に居住し、親子の間柄としてその生計を二男に依存していた関係があるうえ、本件各農地の登記簿上の所有名義が二男となつていることが認められるのであつて、以上の如き事実関係のもとにおいては本件買収計画に前段説示の如く所有者名義を誤つた瑕疵があるとしても、その瑕疵は本件買収計画が真の所有者に対して何らの効力を生じないとする程の重大且つ明白な瑕疵ということはできず、唯取り消し得べき瑕疵に過ぎないものであり、従つてかような買収計画も取り消し得べき瑕疵を包含しながらも尚それが取り消されない限り真実の所有者に対する買収計画として効力を有するものと解すべきであるから、本件買収処分を買収計画の樹立なき買収処分ということはできない。而して、買収計画の所有者名義を誤つた瑕疵はそれに基く買収処分をも違法ならしめることは前段説示のとおりであるが、その違法は右に説示のところからして本件買収処分を無効ならしめる程の重大且つ明白な瑕疵といえず、唯取り消し得べき事由に相当するに過ぎないものというべきである。

よつて、本件買収処分が買収計画の樹立なき当然無効な処分であるとの原告の主張は採用し得ない。

(二)  無効原因(2)について。

原告は本件買収令書記載の買収期日は買収令書発行の日より七箇年余も遡及せしめられていて、かかる令書の交付による買収処分は違法無効であると主張するので按ずるに右日附遡及の事実自体は被告も争わないところであるが、いつたい買収の時期は買収処分により買収物件の所有権が被買収人から国に移転する時期であつて、右は買収令書発行の際に始めて定められるものでなく、これより前既に買収計画樹立の際に確定公示されるものであり(自創法第六条第五項、第九条)、従つて買収の時期を買収令書発行の日より遡及させたということは、結局本来ならば右買収計画で確定された買収期日前になすべき買収令書の発行が予定より遅延したことによつて生ずる止むを得ない結果であることが窺えるのであるから、かかる事柄は買収期日を買収計画公告の日より以前に遡及させたというような場合でない限り、これを以て直ちに買収処分を違法ならしめるものと解し難く、而して遡及せしめられた期間が七年余に亘つているということも、その当不当は別として、かかる日附遡及の事実の一事を以て直ちに本件買収処分を違法無効ならしめるものとはなし難い。

尤も原告は本件買収対価の額の不当なることを併せ主張し、よつてもつて本件買収処分そのものの違法無効なることを攻撃するのであるが、原告主張の如く本件買収対価の額が不当であるというのであれば、原告としては自創法第十四条の規定により国を相手方として買収対価の増額請求の訴を提起することによつて救済を図るべきであつて、それ以上に買収処分そのものの効力を争い、その無効確認乃至取消を求める必要は少しも存しないものというべきである。蓋し自創法第十四条の規定に徴すれば、自創法は自作農を急速且つ広汎に創設せんとする法目的に鑑み、買収対価の額に不服あるがため買収そのものの効力が争われることによつてその効力の確定が遅延することを避けるため、買収対価の額に対する不服を買収の効力から切り離し、買収の効力は対価の額如何に拘らずその効力を生ずるものとしていると解されるからである。従つて買収対価の額の不当は買収処分そのものの効力に何らの影響を及ぼさないものと解すべきであり、若し然らざれば、自創法が特に前記法条を設けて買収対価の額に対する不服の訴を認め、而もその出訴期間を一箇月という短期間に限定した意義が全く没却されることゝなるといわなければならない。

よつてこの点に関する原告の主張は失当である。

(三)  無効原因(3)について。

原告は本件各農地につき遡及買収の基準日である昭和二十年十一月二十三日現在何人に対しても賃借権、使用貸借による権利、永小作権若しくは地上権等を設定したことがなく、原告の自作地であつたと主張するのであるが、本件買収が当時施行の自創法附則第二項の規定を適用してなされた遡及買収でないことは前掲一説示のとおりであるところ、次に原告は本件買収計画が樹立せられた昭和二十二年十月十一日現在本件各農地につき右の如き権利を設定したことがなく、原告の自作地であつた旨主張するので、以下この点につき審按する。

成立に争のない甲第二十二号証、証人西山厚、同西山ナツヨ、同末広成人、同松田盛並に同山本二男の各証言を綜合すると、本件各農地は従前も水田として耕作の用に供されていた土地であるが、

(1)  本件各農地のうち別紙目録記載(イ)の土地については訴外西山厚が昭和二十二年五月二日頃二男から小作料を米十二俵との約にて賃借し、

(2)  同(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各土地については訴外末広成人が昭和二十年九月頃二男から賃借し、その小作料として若干金員を農業組合の二男名義預金口座に納入しており、

(3)  同(ヘ)(ト)(チ)(リ)の各土地については訴外重田定吉が昭和二十一年五月頃二男から賃借しその際小作料として若干金員を支払い、而していずれも爾来本件買収計画樹立当時も水田として耕作してきたこと、並に二男が右貸借設定当時未成年者であつた原告の父として本件各農地につき管理乃至処分権限を有していたことを認めることができるからして、以上の各土地は本件買収計画樹立当時自創法第二条第二項(従つて又同法第三条第一項第三号)にいう小作地と認めるべきである。原告は右(イ)の土地は訴外西山厚に一時預けたものに過ぎず、右(ハ)(ニ)(ホ)の各土地は訴外末広成人が無断使用していたものであるから、いずれも小作地でなく、又右(ロ)の土地は道路敷地として利用されていたから寧ろ農地でない旨主張するのであるが、右(イ)の土地につき、前記認定の如く有償の賃貸借関係により水田として耕作の用に供せしめていたこと(それが一時賃貸借に基くものであるかどうかを問わない)が認められるのであるから、これを小作地と認めるのに何ら妨げなく、次に右(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)の各土地につき、証人橋本義雄、同山本二男の各証言中原告の右主張に添う供述部分があるけれども、証人末広成人の証言と対比してたやすく措信し難く、その他前記認定を覆えすに足る証拠はない。

(4)  次に同(ヌ)の土地につき、証人森重常蔵の証言によれば、右土地は本件買収計画樹立当時訴外森重常蔵において水田として耕作していたものであるが、これより以前既に右訴外人の先代が山本家より借り受け、爾来三十数年間水田として耕作してきたものであることが認められるからして、もとより自創法第二条第二項、第三条第一項第三号にいう小作地と認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

よつて本件各農地が自創法第二条第二項、第三条第一項第三号の小作地でないとの原告の主張は採用し得ない。

(四)  無効原因(4)について。

原告は本件買収計画は保有限度内の小作地について定められたものであり、従つて本件買収処分も当然無効であると主張するので按ずるに、もとより本件買収計画が土地所有者の小作地保有面積を侵害して定められたものであれば、本件買収処分も違法であることを免れ得ないけれども、本件にあつては、本件買収計画は大和村農地委員会が本件各農地を二男の所有地として樹立したものであることは当事者間に争がなく、これと成立に争のない乙第一号証によれば、大和村農地委員会は本件買収計画樹立当時二男が自作地として田畑二町一反三畝十二歩を所有し、これに本件各農地を加算し、その結果自創法第三条第一項第三号所定の面積を超過するものとして本件各農地につき買収計画を定めたものであることが窺えるのであるが、原告と二男とは前掲二、(一)説示の如き関係にあつて、かような事情が認められる以上、仮りに本件買収計画に原告主張のような瑕疵ありとしても、右の瑕疵は取消事由に相当し、従つて又本件買収処分を無効ならしめるものでないと解せられる。

よつてこれが無効であるとする原告の主張は採用し難い。

三、以上の次第によつて、本件買収処分には、これを無効ならしめる程の重大且つ明白な瑕疵がないから、その無効確認を求める原告の請求は失当であるが、前掲二、(一)説示のとおり瑕疵あることは明らかであるから、原告が予備的にその取消を求める請求は理由があり、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅納新太郎 松本保三 田辺康次)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例